『沈黙を破る』

沈黙を破る
沈黙を破る

イスラエルは日本と同じ先進国の仲間で、僕ら日本人とイスラエル人は、どちらも先進的な子ども時代を送っているはずです。ところが、イスラエルには徴兵制度があって、ちょうど僕らが大学生活を送っているころ、男性は 3 年、女性は 2 年間の兵役に就かなければなりません。イスラエル軍はここ数十年は表立った戦争を行ってはいませんが、パレスチナ人の居住地区に対する占領活動が続いています。この占領活動、すなわち、「新たなユダヤ人入植者を軍が確保した」とか、「ユダヤ人入植者のために軍が安全を確保した」とかいったふうにイスラエル国内のテレビで報道される軍の活動が、実際にはパレスチナ人に対する虐殺を意味したり、あるいはパレスチナ人の生活基盤の破壊を意味したりするということを、軍人だった青年たちが映画の中で証言していきます。

「占領地では一日中暇で、何もすることがない。そこに、銃だけを持って突っ立っている。当然、銃を使って遊び始める。」「次第にパレスチナ人に虐待を加えるようになる」「そしてどんどん精神的な退廃が始まる」「戦車に乗れば車を踏みつぶすようになる。だって、楽しいんだから。そんな状態でテルアビブに戻って、まともな運転ができると思うか?」「最終的に、パレスチナ人を物だと思うようになる」そして、スナイパーライフルで彼らを撃ち殺したり、迫撃弾を打ち込んだり、ミサイルで殺したり、ブルドーザーで轢いたり…といった虐殺に兵士たちが手を染めていくのだ、と証言していきます。彼らのような青年たちの証言を、「そのような事実は無い」と否定するイスラエル国防軍の将校や、「イスラエル国防軍がパレスチナ人に非人道的な事をしているかどうかなんていうことを気にする前に、パレスチナ人がイスラエル国民に対して行う非人道的な行為を非難すべきではないか!」とヒステリックに怒鳴る政治家なども出演します。

福島フォーラムにて。
福島フォーラムにて。

この映画には二つの普遍的な真理が含まれていると思います。一つは、占領活動を行う兵士たちの心境です。どのように精神的な退廃が進むのか、この映画はリアルにそのプロセスを語ってくれます。イスラエル国防軍は世界でも最も練度の高い軍隊として有名ですが、そんな彼らでさえ過酷な任務に耐えきれず、占領地での非人道的な活動や虐殺が疑われ、国内外から問題視されているのです。旧日本軍やアメリカ軍の軍規が厳正なのだと主張するなら、現在のイスラエル国防軍よりも明らかに優秀な軍隊である、ということを立証せねばならないでしょう。

もう一つは、「賢明な行動」についてです。イスラエルをめぐっては、パレスチナ人とシオニストの間に憎悪の連鎖が続いていることは周知の事実です。先ほどの退役した戦闘兵士の青年たちが所属する NPO「沈黙を破る」の世話役として、中年の男性が登場しますが、彼は自身の娘を自爆テロで失っています。それでも「パレスチナ人に報復しても娘は帰ってこない」と言って、これ以上の自爆テロを増やさないために、イスラエル国防軍の非人道的な活動を戒める運動を続けています。近年、日本国内でも犯罪被害者の声が大きく取り上げられるようになってきました。僕は量刑が重くなることに反対するわけでも、死刑の即時停止を求めるわけでもありません。厳罰化が必要な事もあるでしょう。しかし、なぜそのような犯罪が起こるのか、その原因を取り除く方法は無いのか、そのことを考えて再発を防ぐことを、社会全体が行うことを忘れてはならないと思います。「狂った犯人が凶悪な犯罪を犯したから、報復のため血祭りに上げよう」なんていう短絡的な考えが少しずつ社会に広がっているのを感じて、残念な気持ちでいっぱいです。

最後に、印象的なセリフを、僕が覚えている限りで書いておきます。「イスラエル国防軍が非人道的な活動を行っていると言って、国民と国防軍を分けて考えるのはおかしい。国防軍は国民の盾であり、拳であるわけだから、イスラエル国防軍の非人道的な行為は国民の要望に基づいたものでしかなく、結局は国民全体の行為である。」と言った具合だったかな。まさにその通りでしょうね。

映画『おとうと』

福島フォーラムにて。
福島フォーラムにて。

ポスターもウェブサイトも予告編も見ず、何の予備知識もないまま席に座って、この映画を観た。蒼井優さん演じる主人公が僕と同世代だから、ということもあるのだろうが、冒頭のちょっとした遊びを除いて、映画の編集にはまったく過不足が無くて、一瞬たりとも展開に疑問を持ったことが無かった。最近はこういった映画体験ができることがなかなかないので、さすが往年の名監督とそのスタッフ陣だと、まずはそんなところで感動していた。

映画の感動の中心は、変に散らばったりすることなく、劇中のたった一言に凝縮されている。その一言に向けて映画のすべてが用意されていて、その一言から映画は一気に清算されていく。こういう脚本の妙も、最近はあまり触れることができない。無駄のない撮影と、わかりやすい美術がまた素晴らしくて、連続ドラマで 4~5 回分になりそうな内容が、2 時間におさまる。全く隙のない展開のおかげで飽きることなく、最後は涙をぼろぼろと流して映画館を後にした。もうすぐ公開は終了ですが、ぜひ多くの方に観ていただきたい作品です。

『インビクタス/負けざる者たち』

インビクタス/負けざる者たち
ポスター。『アバター』はまだ観ていません。次に観るのは、『ファイティング・シェフ』だろうなあ。

1990 年代の南アフリカ共和国で、ネルソン・マンデラ大統領が、白人・黒人間の融和をいかに進めたかを、ラグビーを通じて描いた映画。ネルソン・マンデラ大統領の政権下で、こんなにも劇的なドラマがあったのかと、驚いてしまいました。当時、中学生だった僕は、ラグビーにも南アフリカにも、そんなに興味が持てずにいたからでしょう。すがすがしい感動的なドラマで、すべての人におすすめできますが、子供にはちょっと難しいかな。

※ 以下はネタばれを含みます。

映画はネルソン・マンデラの釈放と大統領就任から始まります。就任直後からマスコミ(白人中心)の批判をあびるマンデラ大統領は、祖国の統一のために「国民には誇れるものが必要」だと感じていました。そこで(劇中語られないものの、かつて強豪で鳴らした)ラグビーの代表チームを再び強豪として蘇らせることを考えます。

手始めに、チームの主将(白人)と茶会を開いて会談し、彼の心を大きく動かすことをはじめます。ここがネルソン・マンデラという人の凄さなのですが、とにかくすっかり大統領に感化された主将は、祖国統一の誇りとなるべき自覚を持って、翌年に迫るワールドカップでの優勝を誓います。その主将が、今度はチームメイト(ほとんどが白人)達の心を必死に動かしてゆくことになります。

ところが主将以外の選手たちは、黒人との融和に否定的でした。政治の激変に伴って、南アフリカ共和国では国旗も国歌も新しく制定されなおすことになりました。ワールドカップに出場するラグビー・チームのメンバーにとって、国歌の斉唱は避けられず、新しい歌詞が選手たちに配られるのですが、白人中心の選手達は最初、それをゴミ箱に捨ててしまいます。また、ラグビーを観戦しに来る客には、あえて旧国旗を振る人もたくさんいました。しかし、「一つの国、一つのチーム」というスローガンのもと、黒人の子供たちや大統領との交流を通じて、選手たちも次第に態度を軟化させてゆき、クライマックスのワールドカップ会場では、選手・観客が新国旗のもと新国歌を斉唱し、感動的なフィナーレを迎えます。

日本で国旗・国歌法が制定された背景はなんとも情けないものでしたが、国旗・国歌の徹底が、たとえば南アフリカ共和国で起こったこのような「熱狂」に対するあこがれから来ているのだとしたら、それはどうも手順を間違えているような気がします。その原動力を生むのは法律でもお金でも旗でも歌でもなく、人の力なのだということを、この映画は教えてくれるからです。

一方で時代に合わせた新国旗・新国歌というものも大切なのだと感じました。たとえばドイツやイタリアでは、戦後に国旗を制定しなおしています。アメリカも現在の国旗ができたのは 50 年前ですし、ロシアもソヴィエト崩壊に伴って国旗を改正しています。日章旗が国旗とみなされるようになってすでに 150 年、終戦直後という改正に一番都合のよい時機を逃してしまったことは、日本にとって大きな不幸だったのではないかと、そんなことをも考えさせられた映画でした。

マイマイ新子と千年の魔法

マイマイ新子と千年の魔法
マイマイ新子と千年の魔法

子供時代の価値観って、そういうものだったかもしれない、なんていうことを思い出させてくれた映画。ちょっと冗長に感じる部分もあったのですが、それは原作を読んでいないからなのかもしれません。

パイレーツ・ロック

『パイレーツ・ロック』のポスター。フォーラム福島にて。
『パイレーツ・ロック』のポスター。フォーラム福島にて。

映画の舞台になっている 1960 年代のイギリスでは、民間のラジオ局の営業が認められていませんでした。一日 45 分しかない BBC(イギリスの公共放送)のポップス番組に飽き足らない人々は、ついに公海上に船を置いて、そこから本土にむけて AM ラジオを送るようになりました。そんな彼らは「海賊ラジオ」と呼ばれ、イギリス政府から常に目をつけられていました。

映画の中心は「ラジオ・ロック」という海賊ラジオの一団。これは架空の団体ですが、使用している船は「ラジオ・キャロライン」という実在する海賊ラジオのものと似ているそうです。誰が主人公の映画なのかややあいまいですが、船長のクエンティン役のビル・ナイ(『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』のフライング・ダッチマンの船長だったデイヴィ・ジョーンズ役)さんがやっぱりかっこいい。

「おもしろいかもしれない」と彼女に誘われて、フォーラム福島にて一緒に鑑賞。恥ずかしながら「海賊ラジオ」の存在はこの映画を観て初めて知りました。編集がすばらしくて、テンポよく話が進み、まったく飽きずに観れる良作です。コメディが好きなすべての大人にお勧めできる、今のところ今年一番の映画です。残念ながら、映画館での公開はもうおしまいですが 😉 。

第 76 回 NHK 全国学校音楽コンクール 東北ブロックコンクール

会場の名取市文化会館大ホール。撮影禁止でしたが、これを撮影したのは開会式よりも前ですので許して下さい。
会場の名取市文化会館大ホール。撮影禁止でしたが、これを撮影したのは開会式よりも前ですので許して下さい。

合唱王国とまで言われる福島に住んでいながら、これまで器楽にばかり気を取られて、合唱のコンクールを観に行ったことがありませんでした。福島から割合に近い宮城県の名取市で、NHK 全国学校音楽コンクール(N コン)の東北ブロックコンクールが開催されましたので、行ってきました。

名取市文化会館の外観。写真の順序が逆ですね。
名取市文化会館の外観。写真の順序が逆ですね。

過去 20 年間の N コン全国大会で、合計 12 回も優勝している東北勢の演奏は、やはりどこも素晴らしかったです。とくに自由曲は、やや前衛的な難曲にも果敢に挑戦しており、レベルの高さを見せつけられずにはいられないステージの連続でした。そのためか、非常にポップで平易な課題曲を逆にもてあましているような団体が多かったようです。後で知りましたが、課題曲の後半の楽譜はスキャット部として設定されていたようです。そこは自由に演奏してよく、そのパフォーマンスも採点に含むということだったようです。硬派でクラシック一筋の合唱部には、逆につらい話だったのではないでしょうか。

終演後。このコントラストが秋らしいですね。
終演後。このコントラストが秋らしいですね。

この課題曲を上手に乗りこなしていたと感じたのは、第三女子でした。やや走り気味でかまびすしい演奏でしたが、この曲はむしろそのぐらいの方が聴いていて心地よいものでした。対照的に橘の演奏はきっちりと型にはまった印象できびきびとしていましたが、今回同校が金賞を逃したのは、この曲にそういうアプローチをしてはいけない、という審査が下ったということなのでしょうか。僕個人は橘高校の演奏を聴いたときに初めてこの曲の歌詞を一字一句聞き取ることができて、「あ、そんな歌だったんだ(笑)」と感動したものだったのですが 😉 。

自由曲はどこも本当に素晴らしい演奏でしたが、代表に選ばれた二校はどちらも無伴奏で六声でしたので、伴奏つきの三声や四声は評価がどうしても低くなるということなのでしょうか。演奏会として聴いている分には、橘と喜多方が選曲・演奏ともに好みでした。とくに喜多方の男性パートはもう高校生とは思えない声で、正直びっくりしました。

ちなみに、課題曲の歌詞について。若い高校生の自分はひとり立ちするのがまだへたくそかもしれないけれど、自分の思うままに生きさせてほしい、というような内容で流れてきた曲の途中にこんな一節が。

おとうさん さよなら もういくね
おかあさん ありがとう 忘れない

全国の高校の合唱部のお父さんお母さんは泣いてしまいますね 😉 。

MALTA Live “Hit & Run” at Jazz Cafe Mingus

この日のミンガスのエントランス。MALTA さんのポスターがあります。
この日のミンガスのエントランス。MALTA さんのポスターがあります。

この日は、福島のジャズ・カフェ・ミンガスで開催された MALTA さんのライブ “Hit & Run” に行ってきました。去年の 2 月 13 日(水曜日)にも、ここに MALTA さんのライブを観に来たのですが、真冬の東北地方だけあって、あいにくの吹雪の中でのライブとなってしまいました。その反省を生かして今年は夏の開催になったのかもしれませんが、「夏の東北は涼しいだろう、な~んて思って福島に来ちゃったら痛い目にあうよね(笑)」というのはミンガスのマスターの弁。確かに 😉 。

去年の MALTA さんのライブの印象は、とにかくよくしゃべるライブだった、ということでした。二時間で終わるはずのライブが丸三時間かかった、といえば、どのくらい MALTA さんがマイクを握っていたのかお分かりいただけるでしょうか。ところが今年は一曲目が終わっても二曲目が終わっても、一向にトークの始まる気配がありません。オープニング曲こそ同じだったものの、去年とは何かが違います。今年はカルテットではなくセクステットである事も関係しているのでしょうか。

サインを入れていただいた "BRASS MALTA" のジャケット。この日行ったメンバーの中では、僕が一番ブラス経験が長かったので、こちらを購入。
サインを入れていただいた "BRASS MALTA" のジャケット。この日行ったメンバーの中では、僕が一番ブラス経験が長かったので、こちらを購入。ドラムの重村さんにもしっかりとサインを頂いてきました。

三曲目を終えたところで、ようやく MALTA さんがマイクを持ちました。去年と同様、陽気な MALTA さんはそのままでしたから安心しました。しゃべる度に笑いがあふれる会場、そんなに笑って失礼じゃないか、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、MALTA さんご本人なんて “Fly Me To The Moon” のムーディーなソロの終りにご自分で「ッハハハハー☆」と笑ったり、「コーヒー・ルンバ」の演奏中には笑ってしまって吹けなくなったりしてらっしゃるぐらいなんです ;-)。

しかしその後は再びマイクを取らずに次々と演奏し続ける MALTA バンドの皆さん。まあ本来はこれが当り前で、去年がちょっとおかしかったのかな?…と思っていましたら、やはり意識的に多く演奏するようになったんだそうで。アンコール中の MC で少しだけ理由が語られましたが…真相が知りたい方は、MALTA さんのライブに直接足を運んでいただくのがよろしいでしょうか 😉 。そんなわけで事情は伏せますが、「最近は 12 曲ぐらいやることにしてるの。」との事でした 😉 。

本番終了後は打ち上げが開かれたので、熊沢先生周辺のメンバーで打ち上げにも参加してきました。しかも今回は熊沢先生のおごりで参加させていただいてしまいました、ありがとうございました!打ち上げの話まで書き始めると、この記事がいつまでも終わらなくなりそうなので、この話はまた機会があったら書くことにいたします。

本当に楽しいライブをありがとうございました!

セクステットの各メンバーの web サイト(敬称略)