日食は見られませんでしたね

ゼスプリ・グリーンと赤いグレープフルーツ。
ゼスプリ・グリーンと赤いグレープフルーツ。

ゼスプリ・グリーンと、赤いグレープフルーツを頂きました。家庭教師先のご家庭からの頂き物です、とってもおいしかったです ;-)。

この日は国内で皆既日食の見られる貴重な日でしたね!福島でも部分日食が見られたはずなのですが、残念ながらこの日の午前中、市内は分厚い雲に覆われていました。

子供のころ、兄と父親と三人で日食を見た覚えがあります。あの時は父親がスライドガラスをろうそくで炙って真黒にして、それ越しに三人で並んで眺めたと思うのですが、気象庁の web サイトを観たら、やってはいけない例として載っている手法でした。

なんでしょうか、すすをつける量が足りなくて、失明してしまう方がいらっしゃるのでしょうか。それとも、ろうそくのすすでは防ぎきれない、可視光線外の波に網膜がやられてしまうのでしょうか。どういうことなのか、今度父親に聞いてみることにしましょう。あ、福井で視神経の研究をしている彼に聞いてみるのもありだな… ;-)。

古いファイルの整頓

2002 年 9 月 11 日午前 10 時 53 分 、尾瀬を歩く熊沢ゼミの一行。ゼミ史に残る迷言「拙者が接写」が飛び出すのは、この 2 時間 50 分後。
2002 年 9 月 11 日午前 10 時 53 分 、尾瀬を歩く熊沢ゼミの一行。ゼミ史に残る迷言「拙者が接写」が飛び出すのは、この 2 時間 50 分後。

去年の 2 月の MALTA さんのライブの写真が残っていないものかと思って、ハードディスクの中を探し始めてみたら、そういえば今年 3 月のクラッシュ以来、マイドキュメントの中身をきちんと元に戻していなかったということに気づいたので、さっそくバックアップからファイルの復元を開始しました。

待っている間にやることもないですし、せっかく HDD も DVD ドライブもたくさん装着しているので、以前に CD-R や DVD-R に避難させていたファイルたちを、今の HDD に呼び戻す作業も並行して行いました。1 枚 4 GB の DVD-R がざっと 250 枚ほどあるのですが、僕の PC に入っている最大の HDD は 1 TB。他に 500 GB と 300 GB の HDD も接続されているので、合計は 2 TB 近くあります。今なら余裕です。

懐かしいものがたくさん出てきました。PC に残っている一番古い写真は 1996 年のもの。その後、1998 年~2000 年までのファイルは残念ながら永遠に失われてしまいました(HDD をフォーマットしてしまいました。フォーマットした後に Windows 98 をインストールした状態からデータを復元することってできるのかな?しかしできたとしても、そろそろ磁気的にダメかな…って、本当は「時期的」と書こうと思ったんですが、IME 大先生の的確なアドバイスによって「磁気的」ということになりました。確かにその通りでもあります)。

…追記。前の段落の長いカッコを書き終えたら、満足して編集を終了してしまいました(笑)。今日のエントリの写真は、その作業で目に付いた懐かしい写真の一つです。いやしかし、失われた三年間のファイルがどんなものだったか、気になっています。仕事で東京に行って撮った写真とか、今残っていたらなかなか貴重だったと思うんだけどなあ。

MALTA Live “Hit & Run” at Jazz Cafe Mingus

この日のミンガスのエントランス。MALTA さんのポスターがあります。
この日のミンガスのエントランス。MALTA さんのポスターがあります。

この日は、福島のジャズ・カフェ・ミンガスで開催された MALTA さんのライブ “Hit & Run” に行ってきました。去年の 2 月 13 日(水曜日)にも、ここに MALTA さんのライブを観に来たのですが、真冬の東北地方だけあって、あいにくの吹雪の中でのライブとなってしまいました。その反省を生かして今年は夏の開催になったのかもしれませんが、「夏の東北は涼しいだろう、な~んて思って福島に来ちゃったら痛い目にあうよね(笑)」というのはミンガスのマスターの弁。確かに 😉 。

去年の MALTA さんのライブの印象は、とにかくよくしゃべるライブだった、ということでした。二時間で終わるはずのライブが丸三時間かかった、といえば、どのくらい MALTA さんがマイクを握っていたのかお分かりいただけるでしょうか。ところが今年は一曲目が終わっても二曲目が終わっても、一向にトークの始まる気配がありません。オープニング曲こそ同じだったものの、去年とは何かが違います。今年はカルテットではなくセクステットである事も関係しているのでしょうか。

サインを入れていただいた "BRASS MALTA" のジャケット。この日行ったメンバーの中では、僕が一番ブラス経験が長かったので、こちらを購入。
サインを入れていただいた "BRASS MALTA" のジャケット。この日行ったメンバーの中では、僕が一番ブラス経験が長かったので、こちらを購入。ドラムの重村さんにもしっかりとサインを頂いてきました。

三曲目を終えたところで、ようやく MALTA さんがマイクを持ちました。去年と同様、陽気な MALTA さんはそのままでしたから安心しました。しゃべる度に笑いがあふれる会場、そんなに笑って失礼じゃないか、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、MALTA さんご本人なんて “Fly Me To The Moon” のムーディーなソロの終りにご自分で「ッハハハハー☆」と笑ったり、「コーヒー・ルンバ」の演奏中には笑ってしまって吹けなくなったりしてらっしゃるぐらいなんです ;-)。

しかしその後は再びマイクを取らずに次々と演奏し続ける MALTA バンドの皆さん。まあ本来はこれが当り前で、去年がちょっとおかしかったのかな?…と思っていましたら、やはり意識的に多く演奏するようになったんだそうで。アンコール中の MC で少しだけ理由が語られましたが…真相が知りたい方は、MALTA さんのライブに直接足を運んでいただくのがよろしいでしょうか 😉 。そんなわけで事情は伏せますが、「最近は 12 曲ぐらいやることにしてるの。」との事でした 😉 。

本番終了後は打ち上げが開かれたので、熊沢先生周辺のメンバーで打ち上げにも参加してきました。しかも今回は熊沢先生のおごりで参加させていただいてしまいました、ありがとうございました!打ち上げの話まで書き始めると、この記事がいつまでも終わらなくなりそうなので、この話はまた機会があったら書くことにいたします。

本当に楽しいライブをありがとうございました!

セクステットの各メンバーの web サイト(敬称略)

うなぎ

熊沢先生のご自宅でいただいたうなぎ丼。うなぎは静岡産。
熊沢先生のご自宅でいただいたうなぎ丼。うなぎは静岡産。

熊沢先生のご自宅に再びお邪魔して、うな丼を頂いてきました。お吸い物も頂いて、とってもおいしかったです。そういえば山椒をふり忘れました 😉 。

16:30 に電話をかけるよう先方から注文されていたので、その時間に電話。すると「すみません、今うなぎが出てくるの待ってるので…ええ、今日は混んじゃって。また 1 時間後にお願いできますか。」おおっと、こっちもうなぎですか 😉 。

仕事の電話があらかた片付いたあと、彼女との約束の時間になったので、メールを確認してみると…「今日、お仕事先でうなぎをふるまってくださるそうなので、いただいて帰ります、ごめんね!」おおっと、彼女もうなぎですか 😉 。とにかくうなぎづいた一日でした。

しっかし、今週と先週で、合わせて 10 時間は電話していると思います。今月の請求が怖い… 🙁 。

熊沢ゼミ新入生歓迎会 2009

歓迎会の様子。
歓迎会の様子。

この日は熊沢ゼミの新入生歓迎会にお邪魔してきました。今年の新ゼミ生とは 9 年も歳が離れている僕ですが、誘っていただけたので顔を出して騒いで帰ってきました。幹事くんおつかれさま、また誘ってください 😉 。

熊沢先生のご自宅にて。右上の箱は Gitzo の三脚、G1228+G1275M のセット(78,000 円)、右下の写真はその三脚に F200EXR(25,000 円)を装着したところ。…カメラより三脚のほうが高い(笑)。
熊沢先生のご自宅にて。右上の箱は Gitzo の三脚、G1228+G1275M のセット(78,000 円)、右下の写真はその三脚に F200EXR(25,000 円)を装着したところ。…カメラより三脚のほうが高い(笑)。

飲み会の後は熊沢先生のご自宅で『刑事コロンボ』を鑑賞しつつカメラ談義。今まであまりカメラについて興味がなかったのですが、デジカメをもつようになって以来、徐々に興味がわいてきました。現物を見てみないとよくわからなかった疑問も先生のおかげで解消し、これからますます勉強がはかどりそうです。

G1228+G1275M に F200EXR を装着して、テレ端で道路を走る車のヘッドライトを撮影しました。シャッター解放時間は 8 秒。
G1228+G1275M に F200EXR を装着して、テレ端で道路を走る車のヘッドライトを撮影しました。シャッター解放時間は 8 秒。

右の写真は、先生から三脚をお借りして、路上を走る車のヘッドライトを長時間露出でとらえたものです。名古屋に行く前に三脚を買わなければ 😉 。

急に

sotto cafe
sotto cafe

映画を観に行こうと誘われて、フォーラムに行って『ハリー・ポッター』シリーズの最新作を観てきました。クーラーの冷風が吹き付ける席に座ってしまったせいか、きちんと出かける前に行ったはずだったのに途中トイレを我慢できなくなって、中座してしまいました。映画も三時間もありましたし。

映画を見た後は、これまた彼女に誘われて近所にある「sotto cafe」にお邪魔しました。ずっと気になっていて、入ってみたかったということで、彼女はご満悦。とっても静かな店内でした。うるさいカフェ、タバコ臭いカフェは彼女が嫌うので、いいお店を見つけられてよかったと思います。

プリンとプディング

伊達男プリン。何とも言えないパッケージと、ぷりぷりの伊達男。よくできたデザイン。
伊達男プリン。何とも言えないパッケージと、ぷりぷりの伊達男。よくできたデザイン。しかしデカイ(笑)。

ヨークベニマルに行ったら、「伊達男プリン」という商品名の、巨大なプリンが売られていました。最近、グリコの「Happy プッチンプリン」という巨大なプリンが好評のようですから、そこに目をつけて出てきたのでしょうか。

大学時代の英語の先生の中に、事あるごとにイギリスを持ち上げては、それ以外の世界中のあらゆる国を徹底的にこき下ろすという、とんでもないイギリスかぶれの教授がいましたが、その彼をして「イギリスの料理はまずい」と言わしめるほどにうだつの上がらない同国の料理群。そんな中にある数少ない輝ける星のひとつ、それがプリンと言えるでしょう。

しかしこのお菓子(イギリスでは単なるお菓子ではなく、料理としてもプリンが作られる。ちょうど茶碗蒸しのような感じ?)、英語表記では「a pudding」になり、どう見ても「プディング」としか読めません。しかし明治以前の日本人は、耳に入った音をそのままカタカナで表記するところがありましたから、そう考えると確かに「プデン」や「プジン」、「プディング」などよりも「プリン」と発音したほうが、響きとしては近いような気はします。

『日本国語大辞典』によれば、作家たちの間でこの食べ物をどう表記するかには、だいぶ食い違いがあったようです。

  • 夏目漱石「兄さん、其プッヂングを妾に頂戴」(行人)
  • 里見弴「プディンかなんか出来ないの?」(大道無門)
  • 堀辰夫「プディングを匙であぶなかしさうにすくひながら」(晩夏)
  • 太宰治「私がお勝手で、プリンをこしらへて、それをお座敷に持って行ったら」(斜陽)

“The proof of the pudding is in the eating(プディングの味は食べてみなければ分からない)” というイギリスのことわざがあります。「実際にやってみなければそのものの真価はわからないということのたとえ(日本国語大辞典)」に使われるそうですが、この時代の作家にとってみれば「”pudding” のカタカナ表記は書いてみなければわからない」といったところがあったのでしょうか 😉 。