松島 2 日目 その 4 瑞巌寺

[googlemap lat=”38.372204″ lng=”141.059701″ width=”300px” height=”300px” zoom=”15″ type=”G_NORMAL_MAP”]瑞巌寺[/googlemap]

松島の最後に、瑞巌寺に行ってきました。瑞巌寺は本堂と庫裏、その廊下が国宝に指定されています。瑞巌寺は関ヶ原の戦いの後に、伊達政宗が熱心に造営を行って完成したということですが、瑞巌寺はただの寺ではなく、仙台城に万が一のことがあったときに、藩主が退避できるよう要塞化してあるのだそうです。

解説のないポイントその 1。これはいったい何でしょう?
解説のないポイントその 1。これはいったい何でしょう?

というようなお話は、現地で有料のガイドさん(3 名まで 1,800 円)をお願いして、その方から伺った話です。くの字型に曲がった参道、庫裏の屋上に備え付けられた櫓、通常と違う並びの畳、そして隠し部屋に隠し通路などなど、確かに随所に合戦用の工夫がありました。

解説のないポイントその 2。いったいどこが見どころでしょうか。
解説のないポイントその 2。いったいどこが見どころでしょうか。

やはり観光先ではガイドをお願いするのが一番だと思います。現地で特に看板などもなかったにもかかわらず、ガイドの方の解説ではじめてわかるようになったことがたくさんありました。そういう場所の写真を掲載しましたので、興味がわいたようでしたら、皆さんも是非現地でガイドをお願いしてみてください。

解説のないポイントその 3。日本語が書いてありますが、読めるでしょうか?
解説のないポイントその 3。日本語が書いてありますが、読めるでしょうか?

撮影が禁止されていたため、国宝の本堂の内部については写真を掲載できないのですが、本堂の内部こそガイドさんの解説がますます冴えていたことも書き加えておきたいと思います。会話と指差し確認をしながら解説してもらわない限り、本堂の見どころはわれわれ素人には気がつかないと思います。

解説のないポイントその 4。参道の石が何の石だか、お分かりになりますでしょうか。
解説のないポイントその 4。参道の石が何の石だか、お分かりになりますでしょうか。

同じく国宝である庫裏の向かいに、宝物館があります。こちらは解説が豊富で、じっくり読んだら見終わるまでに 1 時間以上かかると思います。僕も彼女も熱心に読んでいたのですが、ほぼ一日中歩きっぱなしだったので、半分ほど見たところで足が限界を迎えてしまいました。瑞巌寺の本堂の改修工事が今年の 9 月から 8 年間続き、見れなくなってしまいます。その分、その間は宝物館の展示が充実する予定とのことなので、幸い福島からそう遠くないですから、また見に来てみようと思います。

松島 2 日目 その 3 観瀾亭・松島博物館

[googlemap lat=”38.369484″ lng=”141.061338″ width=”300px” height=”300px” zoom=”16″ type=”G_NORMAL_MAP”]宮城県宮城郡松島町松島字町内56[/googlemap]

遊覧船を降りてふらふらと歩くと、「観瀾亭・松島博物館」というところがあったので、ふらっと入るといきなり抹茶とお茶受けを勧められました。朝食をいただいたばかりでおなかはいっぱいだったのですが、そういえばこのことは観光案内にも載っていたなと思いだし、いただくことにしました。

観瀾亭の座敷でお茶を待つ僕です。海が見えています。
観瀾亭の座敷でお茶を待つ僕です。海が見えています。

僕は始めて入るお店では、なるべく「おすすめ」と書かれているものか、それがなければ最も中心的なメニュー(主力商品のページの左上とか中央に一番大きく載っているような)をいただくようにしているのですが、今回おすすめされてしまったのが「ずんだもち」。

確か「レディースセット」。彼女がいただきました。おいしそう!
確か「レディースセット」。彼女がいただきました。おいしそう!

困ったことに僕はずんだが苦手なので、他の物を注文しようかとも思いました。しかしこんなところで工藤慎介注文規則を曲げるわけにはいかないというヘンな規律意識が働いて、結局ずんだを注文しました。すると受付の方が「ずんだの大盛りもありますよ」と。しかもそっちにも「おすすめ」と書かれていました。が、こればっかりは絶対注文しません 😉 。

僕の頼んだ抹茶とずんだ餅のセット。ずんだ餅がプラスチックのトレーに入っているのが悲しい、というか許せない(笑)。
僕の頼んだ抹茶とずんだ餅のセット。ずんだ餅がプラスチックのトレーに入っているのが悲しい、というか許せない(笑)。

松島博物館も楽しくみてこれました。「どんぐりころころ」の成立の話も興味深く読んできました。戦国時代の戦争の最中に、戦況の推移と作戦の指示を遠方の砦を守る部下に対して伊達政宗自身が書いた書状が展示されていました。大急ぎで書いているのか字がめちゃめちゃだったのですが、これも印象的でした。

観瀾亭の座敷から、松島湾が見えます。
観瀾亭の座敷から、松島湾が見えます。

個人的に、「戦国武将に学ぶ経営のノウハウ」みたいな論はあまり好きではありませんが、直筆の手紙をじゃんじゃん送るというのは、遠方の部下に対する当時可能だった最大のケアだったのではないかと思います。やっぱり人間同士のお付き合いですから、きちんとしたケアは大切ですよね。織田信長も案外筆まめな人間だったと聞きますし。しかし、こういう話を聞いたからって、現代社会で遠方の部下に直筆の手紙を送ったって駄目ですからね 😉 。